Apple本社勤務

1995年、アップル本社(米国カルフォルニア、クパティーノ)のWW コンシューマー・SOHO担当マーケティングVPに就任した。

本社に就任し、即、アップルの低迷の原因に直面した。

組織が複雑、事業が多様化しすぎ、すべての地域とマーケットセグメントに対応、アップルらしい独自価値の認識が欠如、OS戦略が不透明、、、、。

ワールドワイドのセールスカンファレンスでマーケティングの戦略を語ったが、主要売り上げを占める米国の部隊は理解を示さない。欧州とアジアはよく理解してくれた。

インダストリーデザインVPのジョナサン・アイブのデザインラボを訪れ、ある未来デザインサンプルをワールドワイドセールスカンファレンスで開示する特別許可を取り付けた。ところが米国はその次世代筐体デザインを開示しても反応が薄い。欧州では拍手喝采であった。この現象はアップル事業不振の象徴であった。

ジョブスが復帰し、そのデザインラボを強烈に支援し、それを反映したものがiMacの誕生であった。

そのジョナサン・アイブは今もアップルでインダストリーデザインとソフトの開発の責任者である。彼がソフト開発の責任者に就任したと聞いた時はいささか耳を疑ったが、その理由はすぐに理解できた。

ソフトと筐体デザインを統合することがユーザーインタフェースの進化と云う発想は他社ではできない事であり、彼の新たな責任範囲を聞きアップルらしさの発展を確信した。

話は戻るが、1996年の深刻な業績不振の時には、ソニーによる買収の話も耳にした。

そして、ついに、一日にして一万五千人のレイオフを目の当たりにした。

米国企業の変革の凄まじさを経験したのは大変貴重であった。

日本人でこれを経験したのは私くらいかもしれない。