マクドナルド社長に就任


2004年2月、マクドナルドのCEOに就任した。

(実際には、副会長で就任しその後まもなく、代表取締役社長兼会長兼CEOに)

何故IT業界33年の私に誘いが来たのか、マクドナルド米国本社の役員に聞いた。

「ブランド資産の構築を経験。事業変革の経験者。戦略企画のリーダーシップを取れる。この条件で人材を探した」という回答であった。

当時、マクドナルドは7年連続業績不振で赤字転落という厳しい状況であった。

一消費者の目線で見てもマクドナルドのビジネスの機会損失を感じていた。

ブランド、変革、戦略、この三つが私の命題として確信を得たので引き受けた。

それまでのグローバルIT業界33年の経験は私のキャリアで大変貴重なものであった。

技術の進化、それに伴うビジネスモデルの変化、競合の変化、ライフスタイルの変化、はビジネスマンとして学びの連続であった。

只、いくつかの疑問を感じ始めていた。

一つ目は、「ITは世の中を便利にはしたが、人を本当に幸せにしたであろうか」

私は、「次の仕事は、ブランド力を持った焼き芋屋をやりたい。」と周りに漏らしていたところ、フライドポテトのマクドナルドから誘いが来たときは運命を感じた。

二つ目は、IT業界のビジネスモデルは徐々にグローバル化が進んでいた。アップル社長就任当時に比べて、戦略企画管理が本社に集中する傾向は明白であった。

これはアップルのみならず、ビジネスモデルのボーダレス化によるIT業界全ての動きであった。価格政策も、商品戦略も、サプライチェーンも、マーケティング戦略も、世界統一、世界同時にせざるを得ないのが今日のITビジネスモデルだ。

これでは一地域の社長としての使命は徐々に小さくなることは明白だった。

私は当時の私の上司、Tim Cook(現アップルCEO)に「業界の変遷を見ると,このまま日本法人の社長に留まると私の将来のキャリア機会も小さくなる。退職を考えてもいいか?」と持ち出し転職を決断した。

33年の一貫したIT業界からの転身、14年に渡るアップルからの転身に全く迷いはなかった。

Timが来日し、帰国する成田まで私が車を運転した。その車中での会話は今でも鮮明に記憶している。2003年10月の出来事だ。

なんと、その一週間後に、マクドナルドのお誘いが来た。

人生はすべてが偶然だ。

そして翌年2004年2月にアップルを退任し、同時にマクドナルドに就任した。

その前の1月にはそれがリークし、日経新聞の「マックからマック」の見出しですっぱ抜き記事になった。

これから11年、振り返ってみると、私が経営者として一番学びが大きかったのはマクドナルド時代であった。